古い新しい女と新しい古い女

古い新しい女と新しい古い女

哀れな「古い新しい女」と無慈悲な「新しい古い女」のイジメ小劇場

最近の会社ではファミリーデーと銘打って、子育て世代の社員家族をオフィスに招くという行事が行われていることが多いです。また、産休中や育休中の若いOLさんが、戦利品持参のためにオフィスを突如訪れて、忙しいオフィスにひと時の絆ブーム的な和やかな時をもたらす場合もよくあります。 一見ただの微笑ましい出来事のように見えますが、よく観察すると・・・非婚や非出生主義を旧型レガシーメディアから啓蒙され、後に絆ブームで豪快にはしごを外された高齢独身OLにとっては、ひきつる笑顔と不自然な多弁状態で「胸中」を晒し続けさせられる「オフィスで胸中丸出し罰ゲーム!」をさせられている状態になるのです。しかも、心をえぐるようにフェミニズム論点も持ち出す悪魔的所業の若手女子も参入し、「こころいじりの巣窟」と化したオフィスは、観察しているとオモシロい小劇場になります。

戦利品をこれでもかと見せつける産休中や育休中の若いOLや、絆アピールが生きがいの男性社員の奥さん子供と未婚の悪魔的女子が、こころをいじり倒す中、産休・育休中の業務全般を負わされている高齢独身OLが、休職中給与が実質的に補償(NO WORK FULL PAY)されている若い女子に、満面の笑みでポジティブな絆ブーム的リアクションを必死にとらされ、または「忙しいオーラーのバリア」で何とか「気づかなかった!」作戦を必死に実行するも、惜しくも逃げ切れず捕獲され、認知的不協和でおかしくなっている高齢独身OLに、無用と化したプロポーションの残影を重ねるとき、レガシーメディアのはしご外しの残酷さと滑稽さを感じずにはいられないものです。

取り返しのつかない人生の梯子外し

結婚における男女の関係に顕著なように、女性はアドバンテージを持ち男性は劣後する関係にあるのが社会の常なのに、なぜ女性同士の間でこのような劣後関係が生じたのか?これは、女性であるにもかかわらず、あえて「女」としてのアドバンテージを取らずに劣後する「男性」になろうとしたために、絆ブームで梯子が外れた途端にその脆弱性が露見しただけのことです。では、なぜ多くの女性がそのアドバンテージをあえて放棄したのかは、非婚や非出生主義を中心とした旧型レガシーメディアの啓蒙プロパガンダに影響されたことは火を見るよりも明らかです。当時の報道や番組を覚えている人には説明を要しないでしょう。

メディアがタレ流すデタラメな啓蒙は多種多様で、「地球は氷河期に向かい東京は氷に覆われ住めなくなる!」とか、「計画停電が続くから蓄電池を備える御家庭が急増中」とか、「旧型PCは2000年問題で誤作動を起こし原発が心配だから、海外に逃げたほうがいい」とか、「新型コロナのPCR受粉作業を全国民に実施して、集団免疫をつけたほうがいい」とか・・・次から次へと流れてくるわけですが、それに乗せられて具体的なアクションを取ったり逆に取らなかったりすることで、損をさせられる人は数多く存在しています。

しかし、例えば何百万円もかけて蓄電池を設置して計画停電がなくなってしまった人や、1999年年末を原発の不具合に備えて南半球に海外旅行するはめになった家族などは、「逆によかった!」的に認知的不協和で乗り越えることができる程度の損害で済んでいます。一方で、人生レベルで梯子外しをされると、「逆によかった!」とは本心で言い切れない、取り返しのつかないという問題に直面します。

報道の不確定性原理

なぜこのような悲劇が繰り返されるのでしょうか?それは「真実」というものが特定の確定状態ではなく、波動の性質を持ち合わせていて、メディアが観察して啓蒙することによって初めて粒子化し、ひとつの「真実」に特定されるものだからです。これは量子力学が適用されるミクロの世界において、「ひとつの素粒子」が人に観察されるまでは波動の状態にあり、2つのスリットを同時にすり抜けることができるのと同じです。波動状態の「真実」は、例えば「地球は氷河期に向かい温暖化している」という2つの解を同時に満たしており、「地球は温暖化している」と観察し啓蒙された時点で「地球温暖化問題」として確定するわけです。そして、実際に地球が熱くなるのか寒くなるのかは、どうにでもなれというスタンスであり、啓蒙の将来への方向性についての結果責任など誰にもありません。

新型コロナ禍初期の混乱期にも、「PCR受粉作業を全国民に実施するべきだ」という意見と「症状のある人にPCR検査を実施すべきだ」という2つの意見が共存したように、波動状態の真実は身の回りに溢れています。このような報道のデタラメ度と、啓蒙の将来への方向性の揺らぎは、以下の不確定性原理の公式に類推的に当てはめることができます。

⊿x×⊿p ≧ ℏ/2

※報道のデタラメ度(⊿x)と啓蒙の方向性の揺らぎ(⊿p)の積は、「梯子外し定数(h)」を男女の2で割ったものより常に大きい。この「梯子外し定数(h)」は、メディアを純粋に信頼して酷い目にあわされた人々の苦渋や恥辱などの最小単位であり、ジェンダーの2で割ることによって性差を超えた基準になるものです。

この公式より、報道の正確さを極限まで極めれば啓蒙の方向性は無限に揺らぎ、逆に啓蒙の方向性を正確に定めようとすると、報道は無限にデタラメになるという・・・どっちにしろ視聴者は「梯子を外される」ことになるのがわかります。これは「従来通り、結婚するべきという言説」か「結婚しない女性が急増中w」なのか?の点でも、出産適齢及び要否に関する点でも、持ち家か賃貸か?の問題でも、「放射能は人体に有害?」なのか「正しく恐れてください(キリッ)」なのか、「若者の車離れが深刻・・」か「実は統計を見るとみーんな車を持っている・・」なのか・・・、波動としての「真実」がもつ不確定性問題はすべてに内在し、YESかNOかも波動としては両方が「真実」であるといえるのです。偏向報道や煽りという現象は、この不確定性が原因で無過失でも起こりうるのではないかと思います。そして、心底レガシーメディアを信じて、人生レベルの損害を被った人の救済には、PL法の趣旨を準用するべきと言えます。