昭和の教育と平成レトロ教育
木に竹を接ぐ、新教育方針導入の問題
男の子を特別に厳しく鍛える教育方針は、元々性差を認め「男の子は男らしく、女の子は母性を生まれつきもっているので女らしく」という九州の土壌があって初めて成功に実施されたものと思います。九州では、「郷中教育」という6歳以上の男の子だけを鍛える仕組みがあってそれがベースになっているそうです。
一方で、その教育の表面的な部分を、他の男女平等を推進しすでに逆差別的になっていた地域の教育シーンに導入するのは、木に竹を接ぐようなもので、男の子への身体的かつ心理的な負担が急激に増加するという現象を招いたといえます。間違っても「女の子はエプロンつけて料理の授業です」などと言えるわけなく、そこでも男の子が「エプロン男子」になることを求められたのです。この頃、スカート男子、日傘男子など、意味もなくジェンダーネタを煽るパワーワードが使われた時期でもありました。ある学校では、男の子に一日中スカート姿で過ごさせ、女の子の気持ちを理解させるという授業が恒例で行われていたといいます。もちろん、この”スカート男子役”への参加は子供の「自主的」なものであるのはお約束で、「はじめは恥ずかしかったけど、楽しかった~」と感想を述べさせられたことでしょう。
「ゆとり教育」ブーム後の時代において、「男女平等」は道徳授業用のトピックではなく、生活全般に適用され「女の子」は男女平等の保護対象として、一方で「男の子」は将来の男尊女卑的行動の矯正対象として保護に値しないモノとして扱われ、何をやらせてもOKになっていたようです。
昭和の教育と平成レトロ教育の比較
思い返せば、昭和の時代にも、幼稚園や小学校は決してパラダイスではなく、たいへんな体操とか行事とか色々ありましたが、それらは、例えば、
・逆上がりや逆立ちができない・・、
・プール検定が心配・・、
・マラソン大会が面倒・・、
・いわゆる「普通の組体操」の練習が面倒・・、
・馬飛びや背中渡り体操が嫌・・、
・教室の掃除のがかったるい・・、などのいわゆる普通のモノでした。
それが平成の新型教育では、
・男の子は、ブリッジをして女の子をおなかに乗せる、とか、
・男の子は、素手素足で便所掃除をやらされる、とか、
・山のように高い超絶的な人間ピラミッド組体操をやらされたり、
・2つの椅子に男子を仰向けにブリッジ状態にし、女子を何人乗せられるか?挑戦させるとか、
・おなかのせ版逆さ馬飛びやおなか渡りをやらされたり、
・なぜか、一日中女子のようにスカート姿で過ごすことになったり、
・10数段の跳び箱を泣きながら挑戦する”とか、
・女の子たちに囲まれて、マジレスリングで戦う・・、などの昔では思いも及ばなかった「ある一線」を越えたサブカル的要素のある指導行為が次々と導入されました。
「ゆとり教育」ブームの反動と平成の「レトロ回帰志向」の教育
その直前の「ゆとり教育」ブームのなかで、かけっこはみんな手をつないで全員1等賞とか、裁量の時間がただの遊び時間とか、円周率が3になったり、クラス全員平等に◎の通知表・・・、みたいなことを聞いたときはびっくりしましたが(ゆとり教育の惨状については、「教育崩壊」(角川書店・2002/6)に詳しい)、社会としてこれではまずいとレトロブーム的反作用で、逆に行き過ぎた教育行為が氾濫してしまったと言えます。
※「ゆとり教育世代」とは、厳密には1987年4月2日ー2004年4月1日生まれで、2002年度に実施開始された1998年版学習指導要領の影響をうけた世代のことだそうです。(ゆとり批判はどうしてつくられたか・太郎次郎社)>>ゆとり・ポストゆとり世代早見表
また、あの時期の政権の混乱・311大震災後の不安のなかでの絆ブームとジェンダー役割の再評価・その後のネット台頭による従来型マスメディアの影響力の著しい衰退・新しい教育指導世代に流行した鬼畜系サブカル的バックグラウンドなども、多面的に教育の変化に影響を及ぼしたといえるでしょう。そして、そのレトロ回帰的焦りの矛先が、元々逆差別的に保護に値しないとされていた男の子に向けられたのは、容易に想像できます。
平成レトロ回帰志向の教育(平成レトロ教育)で特徴的なのは、その行動内容が著しく身体的・心理的に負荷が多いのに、先生や大人が強制しているわけではなく、子供たちが自主的・積極的にこれらの行動を行うという点です。普通子供にとっては、面倒なことは先生に「怒られる」から、やらされてる的なモノのはずです。
子供たちによる「素手素足で便所掃除」教育の紹介例では、「はじめは気持ち悪くて嫌だったけど、やってるうちに、楽しくなって気持ちよかった。またやりたいです!」って感想が必ず出てきます。つまり無理やりやらせているわけではないという体で、周りの大人は「すばらしい教育だ!」と絶賛するだけで、根本的な子供の認知的不協和に隠れた真の気持ちに寄り添っていないように思えます。学校のトイレや公衆便所で不衛生に過ごして、「気持ちよかった!」って普通の心理で言うでしょうか?
※ ここで「レトロ回帰志向」の教育とは、昭和やそれ以前の教育に戻すというわけではなく、効果的なこころいじりを意図してデザインされたサブカル的「過去にあったかも?的教育」のことです。
...子供たちが、「気持ちよかった!」ってやりたがっている。
おなかのせ・巨大組体操・素手素足で便所掃除と「こころいじり」ブーム
受験戦争・詰め込み教育の反省に基づき進められた「ゆとり教育ブーム」ですが、その後の反動で生じたレトロ回帰志向の教育では、感情面への働きかけである「こころいじり」が、主な狙いとして行われます。この点は、学校ハラスメント(朝日新書)の巨大組体操の教育的意義(「痛い」を禁句とする学校の暴走)の章に詳しいですが、10段の巨大組体操では最も負荷のかかる中心の土台の子には200キロ近い負荷が背中にかかり校庭の砂利が足にめり込むが、これについて「痛い」ということは禁じられているのだといいます。土台になる子が、ひざまずくときに小石を払うことも禁止、痛いとわかっていても、そのままその上にのることを求められ、「土台の子は、上の子が安心していられるように、痛くても重くても我慢しなさい」と指示されているそうです。
「子供たちもみんなやりたがっている」し、地域の住民も期待している巨大組体操。
※(参考)Y社アップライトピアノbシリーズ重量:194Kg
この巨大組体操が幼稚園や小中学校で全国的に行われ始めたのも、2010年ごろからとのことで、「おなかのせブリッジ」の流行と同時期です。(組体操の研修会は2009年から発足し、翌年から爆発的に流行したとのことです)素手・素足で便所掃除の教育の流行も、2000年代半ばからと、これもほぼ時期を同じくして流行したと言えます。
巨大組体操の沿革・ゆとり世代向け「負担軽減型の人間ピラミッド組体操」が、脱ゆとりで地獄の巨大化
参考:巨大人間ピラミッド組体操実施校のブログ・HP・動画サイトより
巨大組体操の組み方の原型は、実は、ゆとり世代向けに考えられた「負担軽減型の人間ピラミッド組体操」の組み方です。この新しい方法では、一番下の児童は四つん這いにはなるものの、膝が痛くないようにマットをひいてもらい、後ろの児童の手が乗るだけで、それ以前の「普通型人間ピラミッド組体操」と違い、ほとんど負荷がかからなくなりました。また、一番上に乗る子も、中間の子の背中におんぶされるような形になり、こちらでも負担が軽減されました。この基本形が、脱ゆとり裁量教育において、地獄のように高く積みあがる形に改良されたのが、巨大人間ピラミッド組体操なのです。>> ゆとり・ポストゆとり世代早見表
教育の専門家は、巨大人間ピラミッド組体操の最大負荷などを論理的に計算して、その危険性に警鐘をあげていましたが、その論理計算は児童の体格や踏みつけられ方が「一定の規則」に則ることを前提にしており、現実は、ブログや動画サイトの情報をみるとわかるように、一人の土台に複数児童の足が無慈悲に乗り、背中だけでなく首や頭でも上に乗る子の足を支えなければならないケースや、近くの土台が潰れてしまい、そのエリア全荷重を一人で支えさせられるケースがあるなど、実際の教育ではもっとカオスで残酷な組体操なのです。
巨大組体操の沿革・超負担軽減型人間ピラミッド組体操(10人)
ゆとり世代版「元祖巨大組体操」の図
かつて閑散としていた運動会というマンネリ化行事
かつて昭和後期の時期、運動会は、教師も生徒も保護者もご近所も・・「やる気ねぇー」的な閑散としたマンネリ化行事であって(予行演習と本番の差がないぐらい)、その後トレンドになる「保護者の場所取り競争」や、ビデオパパさん大群発生、歓喜に沸く華やかな組体操など当時予想もできない状態でした。また、この時代、運動会に臨む生徒の心構えは「かったりー」か「めんどくせー」のレベルであり、目をキラキラさせて「晴れ舞台!組体操がんばる!」などと言う生徒は、学級委員のメンバーにすらいなかったはずです。そんな時代を経て、運動会ラストの大きな組体操をメインの「感動的」演目として披露するという・・元祖「巨大組体操のプラクティス」が広く定着したのは、ゆとり教育世代での運動会と言えます。
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※直接は関係ないトピックですが、有名なお笑いテレビ番組の「絶対に笑ってはいけない〇〇」の大人気シリーズも、2000年半ばからの開始です。この番組は、面白いのに笑いをこらえることをテーマに、我慢できずに笑ってしまうと厳しい罰の執行があるよ、というお笑いですが、これが大人気シリーズになったのも、社会が「本当の気持ちやこころを抑制する」ということを求めていたのかもしれません。
※”こころいじり”については、「心いじり」の時代(雲母書房)に詳しいですが、抜粋すると”「心いじり」とは、思考いじり・感情いじり・行動いじりを通し、一方的に人を誘導しようとする所業であり、いじられている側もいじっている側とも自覚が希薄で、加害者も被害者も浮上せず、むしろ相互で善導的行為と思い込み、そこに暗黙の合意形成がなされると「支配(いじる)と自発的服従(いじられる)」という関係性が容易に成立するもの”とあります。まさにこれらの教育行為に伴う子供たちの心理的経過を説明しているものです。
今は、男児逆差別から男女平等サブカル教育へ
男児への逆差別教育が導入された後に、そのままの状態で、標準「男女平等」を取り戻そうとすると、女の子も同じく、ブリッジして友達をおなかに乗せるとか、男子トイレに顔を突っ込んで素手素足でゴシゴシ磨くとか(そして気持ちよかった!っていう)、巨大組体操の土台は女子児童・・・、なんてことになり、一部の教育シーンではありますが、もはや平等系サブカル教育になっているが現状です。しかも、周りはそれを「すばらしい教育だ」と評価する必要があって、当の子供たちも「楽しかった。またやりたい!」って言ってて・・・、それらすべて込みでひとつの「信念」になっていて、なんかおかしいのでは?と到底言い難い・・・こういう現象は、常に逃れられないものなのかもしれません。
「今の時代考えられない」は、従来型のマスメディアがある前提
骨折事故がおき大問題になった「巨大組体操」は、現在、その実施件数も高さもまた増加傾向にあるそうです。かつては、新聞・テレビ・雑誌+ラジオしか情報源はなかったので、マスメディアに問題として取り上げられれば大事であり、即刻謝罪会見をして中止が王道でした。一方、現在の情報氾濫社会では、マスメディアが問題として取り上げてネットでも同時に大炎上して大騒ぎになったとしても、ほとんどの人が問題の発生に気が付かないか、気にはしても数日後には別のトピックに興味が移っていってしまうのが現状です。よって、どんなにひどい教育行為で子供たちに被害が出ても、明白な犯罪でもない限り(教師による犯罪行為ですら翌日には忘れ去れています、多すぎて。)、その問題を長期にわたり話題にし続け改善を促すのは困難で、数日間でもホットな話題にできれば上上と言えます。今後、公共放送や代表的マスメディアがインターネットの情報発信サイトの一つとして検索エンジンの陰にさらに埋もれていけば、「今の時代考えられない」はずの微妙なサブカル的ヘンテコ教育が平然と増加していくことは避けられないと思います。
こうして「おなかのせ」教育をきっかけに特殊な教育の変遷を見ると、それは幼稚園・保育園・小学校などに限ったトピックではなく、まさに社会の縮図であり、ジェンダーの問題やこころいじりやメディアの影響力の問題などを考える一つのきっかけになると思います。
*** 参考にしたWebサイトや主要参考文献 ***
・「おなかのせブリッジ」を実践していた幼稚園、保育園や小学校のWebサイト(※)
・エチカの鏡教育白書(DVD1・2)
・素手素足で便所掃除やその他平成の新教育を実践する幼稚園、保育園や小中学校や掃除の会等のWebサイト
・巨大組体操を実践している幼稚園、保育園や小中学校のWebサイト
※現在では、当時のおなかのせ関連情報の多くは、Webサイト自体がないかコンテンツがリンク切れ(または検索に一切ヒットしない)になっています。ある時期を堺に、「おなかのせ」教育が行われていたことを示す情報は、情報の渦に埋もれて、失われていきつつあります。(エチカの鏡教育白書や一部の保育園の教育シーンの動画を残すのみです。)
・天才は10歳までにつくられる(ゴルフダイジェスト社)
・「ヨコミネ式」家庭でできる天才教育(宝島)
・学校ハラスメント(朝日新書)
・掃除で心は磨けるのか(筑摩選書)
・「心いじり」の時代(雲母書房)
・つい、そうしてしまう心理学 しぐさ・好みでわかる深層心理(日本実業出版社)
・自分では気づかない、ココロの盲点(講談社)
・90年代サブカルの呪い(コアマガジン)
・「教育崩壊」(角川書店・2002/6)
・ゆとり批判はどうしてつくられたか(太郎次郎社)
・小学校学習指導要領(平成10年12月公示・時事通信社)
・中学校学習指導要領(平成10年12月公示・時事通信社)
・「日本スゴイ」のディストピア(朝日文庫)
・子供たちの太平洋戦争-国民学校の時代-(岩波新書)
・白書 スクール・セクシャルハラスメント(明石書店)
・スクール・セクシャル・ハラスメント 学校の中の性暴力(八千代出版)
・健康優良児とその時代-健康というメディアイベント(青弓社)
・男子が10代のうちに考えておきたいこと(岩波ジュニア新書)
・女ぎらい--ニッポンのミソジニー(紀伊国屋書店)
・日本の男を食い尽くすタガメ女の正体(講談社)
・損する結婚 儲かる離婚(新潮新書)
・「女になりたがる男たち」(新潮新書)
・理不尽すぎる現実 異常な国ニッポン(コアコミックス)
・世界の思想書50冊から身近な疑問を解決する方法を探してみた (フォレスト出版)
・キュンとかわいいボールペンイラストBOOK(高橋書店)
・デジタルイラストの「表情」描き方辞典(SB Creative)
・現代美術史 欧米、日本、トランスナショナル(中公新書)
・まぁどうぜいつか死ぬし 清野とおる不条理ギャグ短編集(小学館)
・美術手帖 絵画の見かた(美術出版社)
・「言葉ダイエット」メール、企画書、就職活動が変わる最強の文章術(宣伝会議)
・ ブレーン2021年3月号 ニューノーマルで変化 空間デザインと体験価値(宣伝会議)
・ 週刊文春 新型コロナウイルス完全防御ガイド 文春ムック(文藝春秋)
・ CNN ENGLISH EXPRESS 新型コロナ報道特集(朝日出版社)
・ 新型コロナウイルス感染症アウトブレイクの記録(医学書院)
・ コロナパンデミックは、本当か?: コロナ騒動の真相を探る(日曜社)
・ ゴーマニズム宣言SPECIAL コロナ論1-3(扶桑社)
・ コロナは概念☆プランデミック(ヒカルランド)
・ 現代思想・コロナ時代を生きるための60冊(青土社)
・ 公の時代(朝日出版社)
・ なぜ今、私たちは未来をこれほど不安に感じるのか?(ダイヤモンド社)
・ [図解]量子論がみるみるわかる本(PHP研究所)
・ Newton別冊『無とは何か』(ニュートンプレス)
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