レガシーメディアに搾取され続ける「就職氷河期世代」
昨今、TVなどが国益や社会の公益に反するような煽り報道や偏向報道をすると、平日昼間というのに、多くの「ネットの声」がこれをネットの世界に伝播し、批判を繰り広げてくれます。逆に言えば、「ネットの声」がなければほとんど誰もレガシーメディアの存在すら意識しないのに、ネット民が滅私奉公して必死に支えているビジネス形態が成立しており、悪質なことに、この時間に余裕のあるネット民を虜にするために、レガシーメディアは「3つのS」を巧みに使い分けています。
一、他人には「厳しい」(Severeness・厳格で)
一、自分は「正しい」(Selfishness・自分勝手で)
一、批判は完全スルー (Shameless・恥知らず)
この「3つのS」をシレッとやられると、何か正義感のようなものを刺激されて、「観ずにはいられない・コメントせずにいられない」という中毒症状に侵されます。ただ、平日昼間にエアチェックができて、かつ、ネットに滅私奉公で大量の優れたコメントができるのは、どういう世代なのか?このコロナ禍においても、若い世代の人々は全然TV等を見ていないそうで「社会は何騒いでいるの?」的な状態にあるそうですし、高齢世帯はTV漬けでしょうが、ネットにコメントを発信するリテラシーはありません。そうなると、普通の世代の人は平日昼間にエアチェックなどできないので、やはり一部の「就職氷河期世代」がリードする形でレガシーメディアを支えているととるのが自然でしょう。
「就職氷河期世代」は、社会や企業からは何も与えられず、「ロスジェネ」だの「万年雑用係」みたいに揶揄されて、どこから社会を慮る高い意識が沸いてくるのか?理解しにくいですが、本来であれば、マスコミや反対党はこれらの人々の鬱憤を拾うための仕組みのはずが、逆に批判の的になってしまうという認知的不協和的な逆転現象が見られます。 これは「素手素足で便所掃除」をさせられる児童が、素手で便器の部品からネットリした謎の汚れをぬぐって言う「気持ちいい、学校のお掃除大好き!」という気持ちに類似しているのではないかと推測されます。
国難も人の死もシングルマザーの困窮も、ただの一素材
昨今見受けられる不思議な論調として、テレビは公共の電波を占有しているのであるから、正しい報道を行い・国益を重視した放送をするべきであるとの意見が主流です。これは、どこに根拠があるでしょうか?ネットが台頭する前のテレビ放送を思い出すと・・・
・恒例「野球拳ゲーム」乱痴気生中継、半裸と全裸の素人女性を大量動員で(「最後に残るのAVの人でしょ」って言いながら見る的な)
・日曜恒例の素人生着替えに熱湯風呂のお色気コーナー
・恒例の高級子供服争奪コーナー、全裸の子供達大量動員で(どの口が「子供の人権」を唱える的な)
・一般人を巻き込んだ悪質ドッキリテレビ
・やらせ捏造オンパレードのミステリー番組・心霊番組・超能力系
・某局はサブリミナルやって謝罪したり
・やらせ出演者満載クイズ番組・・・枚挙にいとまがありません・・・
からの~、
「なぜPCR検査を全国民に実施しない!政府はこの数週間何をしていたんだ!この点、欧米では~(by 有識者MC)」と混乱の中「PCR受粉作業」拡散キャンペーンを推進したり、芸人・デルモ・ママタレが専門禍と国際政治学について熱く語りあったりと、正義の報道機関風に素材を変えただけに思えます。コロナ禍の国難も、人が亡くなる事件も、シングルマザーの困窮も、基本これと同じ一素材に過ぎないといえます。
ネットでも「負け組」?新しい蔑称は「ネットの声」w
最近では、テレビ局などレガシーメディアの動画配信サイトでもリアルなアクセス数を表示するようになりましたが、あの低調なアクセス数を、「○○鉄道に乗ってみた」「最新カメラの開封レビュー動画」などを配信している若い世代の人気動画配信者の高いアクセス数と比較すると、散々な状態といえます。そして、動画配信者が配信から得ている稼ぎと、レガシーメディアの応援隊「ネットの声」を滅私奉公でやらされている「就職氷河期世代」を比較すると、外だけではなくネットでも「負け組」という見るに忍びない状況です。このような低注目度の惨状下におけるレガシーメディア生き残り戦略が、就職氷河期世代を掴んで離さない「こころいじり」の源泉と言えるでしょう。
テレビ VS ネット
コロナ禍で久しぶりにテレビを見てみると、見たことのない有名人に、聞いたことのないヒット曲、かつてのお笑い芸人が有識者になっていたり、いまだ健在の大御所芸能人の・・・な現在を見たりで、悲しい時間の流れを感じてしまいましたが、要は、ネットネイティブの世代は知らないかもしれないですが、元々公共の電波を占有し全然別のコンテンツ・ビジネスを行っていたわけで、別に「正義の報道機関」になるために電波を使用しているという立て付けではないわけです。例えれば、ネットの台頭に対応するために、公衆便所を改装リニューアルして街角の知的サロンに装い新たにしたようなもので、外形は以前とよく似ていてもまったく異質な遷移を起こしたものなのです。
※一方のインターネットは、エロ・グロ・違法動画・ウィルスの宝庫だった「バキュームカー」を最近シレッと再塗装だけして、「給水車」に変身させたようなものであり、飲料水と糞尿が混ざったような現状です。そして底に沈んだ人糞を「ダークウェブ」と呼び、飲めそうな表層水を「電子計算機を活用した最新機能」という。私たちはオンデマンドコンテンツ・オンラインバンク・ネット通販・在宅勤務などのネットの恩恵は多く享受しています。
「地球温暖化煽り」の前は「近く氷河期が来る」と脅かしていた・・・
上記のお下劣な例えはちょっと極端ですが、今では当然の「地球温暖化問題」も、昭和のある時期までは「近く氷河期が来る」から東京も氷に覆われて住めなくなる、と180度逆の報道煽りが行われていたのです。古本屋に行き、昭和の報道雑誌をパラパラ見れば、いたるところに「氷に閉ざされ住めなくなる東京」とか「夏でも雪が降る凍てつく沖縄」みたいな煽りが見つかるはずです。この「氷河期煽り」から「地球温暖化煽り」への転換期では、解説者が「地球は寒くなり同時に熱くなるんですよ」という難しい量子力学的解説をしていたのを今でも覚えています。
専門禍を交えた一見「科学的な見解」も、意外にコロコロ変わるデタラメの一種ということが解る良い例です。気候変動は「寒くなるか熱くなるか」のどちらかなので、適当に言っておけという、新型コロナ禍の報道でも散見された啓蒙手法です。
「視聴と批判」をやめて、観ないという選択肢も検討したほうが・・・
レガシーメディアが時に国益に反するような報道や、正義に反するような論調を吹聴するのは、ただそれに噛みついてくるネット民を煽るためであり、生き残り戦略以外の深い理由はないのだと思います。乱痴気野球拳や高級子供服争奪コーナーが、新型コロナネタになるのか国際情勢ネタになるのかの違いだけで、目立つコンテンツならなんでもOK!ネット社会においては暇人ご協力感謝!という、ただそれだけのことなのではないでしょうか?平日昼間からエアチェックして、「視聴と批判」を専業にしている人々は、無償で搾取されていることに気づくべきです。「批判・誹謗・中傷」内容はなんでも、レガシーメディアの生き残りのための「宣伝行為」になっており、これを無償で必死にやらされている関係に押し込められている人々は、観ないという選択肢も検討したほうが有益だと思います。
デタラメの結果は、全部「ネットの声」に責任転嫁。
レガシーメディアのネット民への依存関係は歪であり、特に「就職氷河期世代」の貴重な平日昼間を搾取する残酷な仕組みと思います。そして、メディアの再興のために無償で利用された挙句に、デタラメの結果はすべて「ネットの声」に責任転嫁されるのが現状です。レガシーメディアに搾取され続ける「就職氷河期世代」の不可避な末路とも言えます。